Was ist denn überhaupt "Selbstständige"? フリーランスについて考える

こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

突然ですが最近、とても頻繁に耳にするようになった言葉「フリーランス」。

それも、ここドイツで日本人の口からネットを通じてこの単語を聞く頻度が増してきました。

というのも、なんでもBerlinへワーホリビザで来てそのまま「フリーランスビザ」なるものへと切り替えそのままドイツ滞在する若者が増えてきているんだとか。

 

はて、でもどんな仕事をするんだろう?というのが私の最初の疑問。

フリーランスといえば、自ら仕事を取りに行ってクライアントを増やしていくという手法。そして異国の地で日本人であることを生かすには、やっぱり日独通訳…?と単純に考えていましたが、実際は違うようです。

  • 日⇄英通訳および翻訳業
  • ほぼデジタルネイティヴの若者たちが得意とするSNSを使った宣伝サービスの提供
  • スマートフォンアプリやホームページを作成するエンジニアリング業
  • ネット記事のライター業

つまり、

若い!デジタル得意!英語は取り敢えず堪能!ブログとツイッターめっちゃしてはる!

が私のフリーランサーへのイメージでしたが、実際は語学を活かしたものから執筆業、そしてエンジニアとして等などジャンルは多岐に及んでいるにも関わらず、Berlinのような国際都市はドイツ語が出来なくても英語が出来れば仕事ができてしまうんですね。まずその点にびっくり。ともあれ単発で依頼を受けてお仕事するというスタイルはそれはそれは大変なお仕事なんじゃないかと感心してしまいます。そしてこうした所謂フリーランサーたちは、必ずしも日本の会社でバリバリ働いてきた経験を持っているわけでもなく、新卒で来ている子もいれば外資系で数年働いていて英語はもともと得意だから外国へ行ってみようという子もいるようです。

フリーランサーを目指したきっかけもまた人それぞれ様々なようですが、彼らの職業技とも言えるSNS、主にブログやツイッターを拝見していてひとつだけ気付いたことは、やってることが「先進的で画期的なのか徒然日記なのか正直分からない」です。

 

この二つの境目が分からない理由は大きく二つあって、まず一つ目は彼らが外国へ出てきて初めて「人生を営む」ということを身をもって実感し自分の人生について考えていること。そんなツイートが多いような気がします。

「それ日本で一度も感じたり考えたりしなかったの?」という疑問がまず浮かばなくもないのですが、やはりこれも「エスカレーター式日本教育」の遺産なのかなと思います。

最近誰もかれもが大学へ行く日本では、大学の提示する「偏差値」に合わせて大学を選び、取り敢えず進学します。4年間で何を得たか分からないままベルトコンベアーに乗ってそのまま就職。就職すれば日々を送るのに忙しくなり、ふと立ち止まって自分の人生について考える暇なんてありません。そんな時に大きな「大変革」を起こして外国へいき、日ごろ忘れていた人生の営みを取り戻すというような図式が窺えます。

 

さらに二つ目の理由は、彼らの生業とするSNSの類が仕事とプライベートの出来事全てを公に明かしており、これは???と思えるものがちらほらあるからです。しかし、一見徒然日記に見える公私同居型SNSがなんとSNS上でコネクションの構築に役立ったり、最終的には直接仕事に繋がってきたりと結果を生んでいるようなのでこれ不思議。

徒然日記なんて言っていたら怒られそうです。

  

フリーランサーの中にはホリエモンを超える!と豪語する威勢のいい女の子から、こんな大人しそうな子がガタイのいいドイツ人たちの中で大丈夫かしらと私の老婆心を萌芽させてくれる華奢な子もいて、実際のところ彼らの行く末が楽しみでもあります。若者たちの新しい働き方とその活躍ぶりを自宅警備の傍ら私も引き続き追っていきたいと思います。

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Winter Wunderland 雪山登り

こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

山好きのバイエルン人たちは、春夏秋冬いつだって山に行きたい、自然をそばに感じたいという生き物。

かんかん照りであろうが、多少雨が降っていようが、たんと雪が積もっていようが、山に行きたいもんは行きたいんです。そして四季折々の楽しみ方を知っています。

 

週末の朝に早起きをして山登りグッズとお弁当を持ったら電車に乗っていざ行かん山へ!たいてい中央駅には同じようにこれから山へ行くリュックを背負った人たちで溢れています。

 

今回、我々が目指したのはSchlierseeという湖を山裾に望むBrecherspitz、高さ1683mの山です。

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この斜面をずーっと登っていきます。足元はもちろん雪用登山靴ですがその上から更にSchneeschueといって現代版雪駄のようなものをはめて進みます。

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結構な傾斜。上からはスキーで降りてくる人も多く颯爽と滑っていく姿が凛々しい。

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汗をかきかき登ると素敵な眺め。お天気に恵まれて、山々がよく見えます。山頂まではこのあと細い細い尾根道を行かなければならなかったので、雪山初心者の私に合わせて今日はここまで。

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 それにしても、初めてにしてこの景色を手に入れられた爽快感と達成感。そして壮大だけでは言い尽くせない高さと蒼さです。バイエルン州の州旗が青と白なのもよく分かる気がしました。

 

下山後はもちろん待ちに待ったお昼ご飯とSki-Wasser。Ski-Wasserはスキー場内のレストランに必ずあるピンク色の謎だけれど運動後に飲むと格別美味な飲み物です。色が綺麗で甘いけどスッキリと乾いた喉を潤します。

 

もともと山好きの父がいつも家族を山に連れて行ってくれました。

山で隠れん坊をしたり缶蹴りをしたり。母のおにぎりにはいつも何故かラッキョウがお漬物と一緒に添えられていて、そのラッキョウがまた格別に美味しかった。そんなことを思い出しながらの生まれて初めての雪登山の経験でした。

Und bin wieder da! そしてただいま

 こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

最近、用があって地下室へ行くたびに思うことは「今、ここでゾンビに挟み撃ちされたらどこに逃げよう…」です。そして、どうしてゾンビは欧米であんなにもウケるんだろう、日本は火葬だからゾンビなんてそもそも流行らないなどなど非生産的なことを考えています。

 

ともあれ、こちらへ戻ってきてあれよあれよと2週間ちょっとが経過しました。戻ってきたばかりの頃は、日本よりも気温が高く鳥達が囀る声で目を覚ますという春のかほりがしていたのですが、その数日後にはあっというまに真冬の天気に逆戻り、外は銀世界。路面が凍っていて、また自転車でスライディングしそうになりました。

時差ぼけをゆっくり治しながら、友人に会ったりこちらの家族へお土産を配布しに行ったり、はたまたひょんなことからテレビ取材を受けたりしていたら、あっというまに2月も半ばに入ろうとしています。今日はFaschingーカーニバルーで町中大騒ぎのお祭りです。会社はお昼までのところも多いそう。

 

日本でリフレッシュできたことと今後の展望も見え始めたところで、今年は寝る前のストレッチ、泳ぐ、描く(書く)ことを続けようと思っています。そして絵本の制作を今年こそ!三冊!!!

市民プールへは今のところ週に一回通い、平泳ぎがうまくなったことを実感中。ストレッチは、ベットの上だとしにくいので畳の上でしたいなと思いながらも継続中。絵本はまだ色々練習中かつ構想中。それからなんちゃって就活中。

まだまだ寒さが続くので、今のうちに脂肪以外の貯めれるものはしっかり貯めて、心も体もしっかり春支度をしたいものです。

 

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Dahoam ist Dahoam 帰省

こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

年が明けて間もなく、9000㎞離れた故郷にまた戻ってきました。

やっぱり「帰ってきたな」と感じるのはふる里ですね。

でも、ドイツに戻って空港のファストフードの匂いや20ユーロ札を飲み込んでくれないDBの券売機に遭遇するとこれまた「これこれ、帰ってきたな」と感じる此の頃。生まれ育った場所と今生きている場所が違うからこその気持ちです。

 

Glück ist dort, wo das Herz ist.

 

 幸せは自分の心が在るところにある、と直訳できますが、幸せはどこか決まった場所にあるわけではなく、探すものでもなく、自分の心が「ワタシここ好きよ!」と言ってるのが聞こえて来る場所、その声が聞こえるように自分自身もいつも耳を澄ますことかなぁと解釈します。

 

その心は〜(心だけに)、

離れている家族を思うことも、心はいつも家族のもとにあるということ。

 

ひとまず、ふる里では心の呟きも聞こえましたが、胃袋の方が「美味しい美味しい!」と叫んでいました。

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Frohes Neues 謹賀新年

こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

新年あけましておめでとうございます。

昨年9月、1年ぶりにドイツへ帰還してあっという間に年が明け新たな一年のスタートです。

 

それはさておき、かれこれ1年ほど通勤時に読んでいる本の一説に、ものすごくしっくりくる言葉がありました。

 

富は収入からよりも、むしろ整頓からくる

各人は各自の運命の作り手である

  モンテーニュ『エセー』岩波文庫

 

ここでいう「富」は一般に「豊かさ」と言いかえていいかと思いますが、自分が何をどれだけ持っているのか把握して、それをどのように使っていくかということを整理することが、不必要な物欲に振り回されずに自分の豊かさを保ち続けれらる鍵なのだと、今更ながら気付きました。豊かな生活は、収入が多い、お金がたくさんあることではなく、自分の持っているものを上手に運用することで生まれる充足感であって、あれも持っていない、これも欲しいと思うことではないのですね。

そうやって自分の人生を作っていけば、自分自身の運命の作り手になっていけるのかもしれません。

 

気持ちも新たに、今年は「整頓」をモットーに、運動を心がけながら自分が得意とすることをどんどん伸ばしていく一年にしていきたいと思います。

 そして、いつも近くで支えてくださる皆さま本当にありがとう。

いろいろ忘れがちになってしまいますが、いつも感謝しています。多謝。

今年もどうぞよろしくお願いします🎍

 

Ich wünsche euch allen ein wunderschönes neues Jahr!

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Schneeland 雪国

こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

 昨晩、「今晩はやけに外が明るいな」と思いながら眠りにつき、朝目覚めて窓の外を眺めると、あら一面に広がる夢のような銀世界。

 

これから徒歩で今晩のお買い物に行って雪と戯れた後は、カウチで暖かいお茶を飲みながら毛布にくるまって、本を読もう。

 

Der Schnee waar so schee!

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Das Jahresende 年の瀬

こんにちは!ぼくミドリッコです。

 

長いようであっという間だったクリスマスの祭日も終わり、残すは年越しとなりました。色んな意味でお腹いっぱいになったクリスマスは、ドイツ人にとってのクリスマスの意味や慣習などまた一つ新たに発見する場面もありました。

 

⒈ 24日と25日は家族のみの集まり(パートナーがいる場合は、両方の両親を一日ずつ訪問する)

⒉ 26日は家族を広義で捉えた親戚内の集まり

⒊ ドイツのクリスマス経済効果はさぞや大きかろうというほどの贈り物の嵐

⒋ Plätzchen(クリスマスクッキー)はだいたいお母さんお婆ちゃんの腕の見せ所のため、できあがったクッキーをただただ喜んで美味しく頂くだけでよい

⒌ All you can drink Glühwein(ホットワインいつでも好きなだけ)

⒍ 食べれる食べれないではなく、食べなければならない

⒎ 南ドイツでは、24日はグリルソーセージとジャガイモサラダを食し、25日はガチョウの丸焼きを紫キャベツとじゃがいもダンプリングの付け合わせと一緒に食す

⒏ 26日の夜にはさっぱり素うどんが食べたくなる

 

また、働く人の中にはクリスマスの祭日が明けた27日から29日まで休暇をとって、そのまま元旦までお休みという人も多いようで、通勤電車も街もガラガラ。いつもはお昼を買いにくるサラリーマンでいっぱいのスーパーEDEKA(関西弁のえーでっか?みたいだといつも思う)も今日は閑古鳥が鳴いておりました。

また祭日明けは、電車の中でコントロールが特に力を入れて、無賃乗車客探しをしているらしく、出会わなかったけれど後でそのことを耳にしてなんだかハラハラ。きちんと定期券持って出かけて良かった。

 

兎にも角にも、皆贈り物をもらって美味しい食事を囲んでご満悦。

こうして色々あった一年も終わっていきます。

今年一年どうもありがとう。

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